40代・50代の中高年が主に発症するため、五十肩などの通称で知られており、
主に老化によって硬くなった肩が炎症を起こした状態で、
実は肩関節周囲炎という病名があるれっきとした肩の病気なのです。
詳細はこちら ⇒ 五十肩の新しい治療法
また中高年でなくても、
日頃から肩を動かす機会の少ない方も発症することがありますので
20代・30代でも五十肩になるケースも珍しくないようです。
40代・50代の中高年が主に発症するため、五十肩などの通称で知られており、
主に老化によって硬くなった肩が炎症を起こした状態で、
実は肩関節周囲炎という病名があるれっきとした肩の病気なのです。
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また中高年でなくても、
日頃から肩を動かす機会の少ない方も発症することがありますので
20代・30代でも五十肩になるケースも珍しくないようです。
胃がんの手術方法も進歩しているようです。
佐野医師が全国約650病院を調べた結果、幽門保存術を行う病院は3分の1だった。慎重な医師は多いが、佐野医師は「胃がんは治るべきがん。どうせ治るならいい形で治したい」と訴える。
まだ650病院のうちの3分の1程度だそうですが、もし胃がんになってしまったら、この幽門保存手術を受けたいと思いますね。
60年代、がんで亡くなる男性の約5割、女性の約4割が胃がんが原因だった。70年代以後、胃がんの年間死亡数は5万人前後で推移し、07年も5万597人だったが、肺や大腸など他のがんの増加で胃がんは全体の15%に縮小した。胃がんの患者数も96年の約30万人をピークに05年に約21万人に減った。全国がん(成人病)センター協議会によると、5年生存率は71.8%で、70年代の2~3倍に改善。特に早期の病期1期は99.1%となった。
胃がんの比率が大幅に減って今では肺がん、大腸がんが多くなってしまったようです。
胃がんは生き残れる可能性のあるがん、第一位になっているんですね。
がんを生きる:負担少ない治療/上 胃切除、なるべく小さく
!doctype>ホーム ページ アメリカの素顔
アメリカの国立公園指定第一番目、それは、Yellowstone。ここは、Wyoming の北西端にあり、ネブラスカの南東のはずれに位置するリンカーンからは、ほぼ、二つの州を斜めに横切るという、これまた、胸のすくようなドライブである。
大学時代の友人、森谷君、彼は、60歳を越えて再婚したというロマンスの主人公でありながら、重合化学のオーソリティであり、しかも、山男の心意気をもった紳士でもあるが、その彼、現在ニューヨークに在住であるが、是非、一緒にアメリカをドライブして見たいということで、今回、2人旅のイエローストーンめぐりとなった。
もちろん、アメリカの大自然を楽しむということが第一目標であるが、森谷君は、ラップトップのコンピューターを持参し、これを利用して、今回の旅のために開いたホームページを旅先から更新するという離れ業に挑戦した。
コースの中には、グランドテトン、イエローストーン、そして、デビルズタワー、バッドランドといった国立公園が入っており、これもまた、見所たっぷり、変化に富んだ、アメリカならではのドライブとなった。
走ったコースは次の通りであるが、果たして、そのドライブのなかみはというと・・・。さあ、時間の許す限り、ユックリと楽しんでください。
一日目 チムニーロックからララミー砦
アメリカ大陸の地図を開くと、ネブラスカはその真ん中に位置している。つまり、何処の海岸からも一番遠いところにあるということで、このことは軍事的には非常に重要な意味を成している。敵国から進入されたとしても、また、大陸弾道弾が飛んできたところてしても、アメリカ大陸のなかで最も安全なところという認識があるらしい。そんなことから、ここには、非常時の地下司令室があるとうわさされているが真偽の程は分からない。
こうした地理的なこととともに、さらに重要なことが、歴史的な意味である。ご存知のようにアメリカの発展の歴史は、1776年の独立以来、まだ250年足らずで、そんなに日が経っていない。非常に若い国である。そのアメリカが1803年にルイジアナ買収( 現在のミシシッピー川以西を当時は、ルイジアナと呼んでいた。)し、ジェファーソン大統領はこの地の統治を確立するために「ルイスとクラークの探検隊」を派遣し、西洋人の入植の足がかりを築いた。そして、5世代かかるといわれた西洋人の入植は、この肥沃な大地と、西部での金の発見により、わずか1世代でこの西部を覆ってしまうほどであった。その、西部入植と、ゴールドラッシュの旅は、St. Louisからミズーリ川を溯り、カンザス・シティーまで西に進む。ここで、ミズーリ川は大きく湾曲し、北に向かっていくので、西部を目指す人たちは、この辺りで川から陸路をとるのである。幌馬車隊を組み、先住民であるインディアンたちと睨み合いをしながら、西へ西へと進む。こうして、いわゆる、オレゴントレイル、カリフォルニアトレイル、サンタフェトレイル、さらには、モルモントレイルなどという、西部への街道が形成されていった。その拠点となるのが、Kansas, Atchison,St. Josep、Nebraska City, Plattsmouth,Omahaと言った、カンザス州からネブラスカ州にかけてのミズーリ川の河畔の町なのである。こうした町は、とにかく西部への出発点ということで、沢山の人か、全ての有り金をはたいて物資を購入したものだから、当時はたいへんな繁栄を極めたのである。そうした名残が、町のあちこちにフランス風の豪邸館として残っている。これらのトレイルが共通して通過したのが、ネブラスカ州を横切っているプラッテ川に沿った街道なのである。そして、なんの変哲もない平原の道から、いよいよロッキーの山を迂回する険しい山麓地帯に入ると、そこに、この人たちのトレイルの目安としていた独特の岩山が姿を見せる。これが、有名なチムニーロックである。その異様な姿はなかなか言葉では説明しがたいが、とにかく、� ��の名のとおり、空に突き出た煙突のような岩で、この岩こそが、まだ、コンパスなどというものが非常な貴重品で誰でもが使えるような時代ではなく、もっぱら、前にとおった幌馬車の轍の後だけを頼りに旅を続けていた人々に、大きな安堵と、勇気を与えてくれたのであろう。
こうして、フロンティアの旅は続くが、その後になって出てくるのがスコッツブラフの崖である。そして、ここを過ぎるといよいよトレイルはワイオミングに入る。このあたり、かっては、Sioux族、シャイアン族といった強力が部族が支配していた領域で、ここを西部の開拓者たちは命をかけて通り過ぎていったのである。当初、インディアンは、おおくの物資をもたらしてくれるこうした西部への入植者達といざこざを起こすことはあまりなかったが、やがて、その数が余りにも多く、自分たちの生活の基盤が脅かされてくることに気がついたインディアン達の間に自分達の権利を主張する部族があらわれ、少しずつ険悪な状態になっていった。そんななかで、幌馬車で旅をする人たちを守ったのがいうまでもなく騎兵隊である。その騎兵隊の拠点となった有名なララミー砦というのが、ここにある。もともとはララミーの河畔に毛皮の取引所として発展したところで、ここに、騎兵隊が� ��宿したのである。軍の指令部の建物、兵の寄宿舎、訓練所、厩舎などが広々とした敷地に点々と広がっていた。カンザスのドッヂシティで見た砦では、すでにインディアンとの和睦が確立していたのであろう、兵の家族も砦で一緒に生活していたあとが伺えたが、ここは、軍隊の訓練広場まで用意されているという、まさに前線基地という感の砦であった。
このララミー砦は、実はララミー市にあるのではなく、この日の宿泊予定をしていたララミーには、まだ、100マイルほど走らなくてはならない。おとなしく、ハイウェイに戻り走れば何のことはないが、地図にも道路がしっかり書いてあるということで近道を取る。しかし、少し走るとこれが、がたがたの田舎道。以前にも経験したことがあるが、こうした道は案内板がなく、地元の人たちがたまに通る程度の、全くの生活道路なのである。ここによそ者が入ると、何回がカーブをしているうちに自分がどちらに向いているか分からなくなる。そんな経験をカナダの帰りにしたことがあるので、慎重に方角を確認しながら、土ぼこり をたて田舎道をつき進む。そうこうしているうちに遠く高い煙突を見つけた。おそらく発電所のものであろう。そこまで行けば、道路は整備されているし、何とかいけそうだと気を強くしたが、これが、また遠い。いけどもいけどもその煙突が近づいてこない。20分くらいこんないらいらが続いて、やっとの思いで ハイウェイにでる。やはりよそ者は田舎道を通らないようにするのが、アメリカドライブの鉄則である。ララミー砦を見ているときにパラツイテいた雨も上がり、東の空には虹が見えている。それも、珍しい二重の虹だ。アメリカでは、虹が地平線まで延びているので、色合いがとても素晴らしい。こんな素晴らしい虹は、この旅のこれからの天気を占っているようだった。
この日の走行距離は、590マイルでした。
ララミーからドリッグスへ
アメリカの地図を眺めていると、まるで定規で便宜的に筋を引いたように州境が決められている。その中でも、まさしく四角に区切られているのが、コロラドとワイオミング。ともにロッキーの山々が大陸の分水嶺として堂々と聳えているが、こうした山の稜線が必ずしも州境になっていないのがいかにもアメリカらしい。逆に、ミシシッピー川やミズーリ川、オハイオ川などが州境を形成していることを考えると、どうも、アメリカでは水系のほうが分水嶺よりも意味があったような気がする。
そして、このララミーは、目的地のイエローストーンとは、四角形をしたワイオミングの対角線をなしている。だから最も速くイエローストーンに行くには、斜めに走ればよいのであるが、ここは一日余裕をもって、まず真っ直ぐ西に進むことにした。というのも、ここが、アメリカ開拓史の舞台となった最も重要な街道だからである。ここを走るインターステーツ80を旅することは、丁度時間を遡って旅をするようなものだ・・・と解説がある。大平原と盆地に住むインディアン達は、ここを通商の道として使った。そして、そこには、オレゴン、カリフォルニア、そして、ユタに進んだ幌馬車隊の残したわだちがいまだに残っているのである。そして、西部に移住した人たちと、彼らのふるさとに残した家族との間の便りの交換を馬を乗り継いで運んだポニー・エクスプレスの宿場が残っている。このポニー・エクスプレスの運命は、僅か60年で消えるが、その原因となったのが、ここに大陸横断鉄道が開設されたからである。
われわれがはしったインタースターツ80は、リンカーンハイウェイと呼ばれる。それは、合衆国の数あるインターステーツのなかで、東海岸と西海岸を結んだ最初の高速道路という栄誉に対して付けられた名前だ。インターステーツの走る高原は、実に殺伐としている。どこまでも広がる黄色い草原。水が少なく殆ど緑が消えうせている。そんな中に、突如として町が現れる。こんなところに人が住めるのか思われるようなところに決して近代的とは言えないがかなり大きな街である。Rawlinsというのは、アメリカの中西部ではかなりの石油会社であるSinclairの製油所がある。なるほど、ところどころに例の石油を掘り出しているポンプを目にすることがあった。以前に、同じワイオミングの北の端を旅行したときにも、大きな石油基地の町を見たことがあるが、なにを隠そう、ワイオミングは石油が産出する州なのであった。暫くいくと、草原の中にフレアースタックから火が挙がっている石油基地も見えた。これには、驚き。あまったガスが燃えるほど石油が出るということだ。資料によれば、なんと、ワイオミングはアメリカで生産している石油の46%を占めているとか。このあたりから、Wamsutter、Rock Springsあたりまでは、Sweetwaterという平原が続く。すでに標高は2000メートルである。殆ど川をみることはできないが、ここを流れる水は、すでにコロラド川に注ぎ、やがては太平洋に流れこむ水である。小高い山の頂には、どこにも見られる風車が高原を吹き抜ける風を受けて、ゆったりと回転している。
石油と共に、ワイオミングの資源は石炭とウラニウムである。露天掘りをされているその石炭を積んだ貨車が百輌近く連なって、西へ東へと運ばれてゆくのである。その量がこれまた驚く。ネブラスカでもよく見たが、何しろ、大陸横断鉄道のうえを、石炭を満載した貨物列車が引っ切り無しに走っているのである。驚くなかれ、その量は、1991年には、194百万トンもの石炭を産出したとのこと。これは、合衆国の石炭生産量の3/4に相当する。ちなみに、このほかの鉱物資源としては、石灰石、御影石、ヒスイなど、そして、ウラニウムの産地でもあるとか。但し、ウラニウムはと投機的な採掘が行われ、今では閉山の憂き目にあっているとのこと。これは、誰をウラムニウム? ところどころにある露天掘りの高山、見るからにボタ山のようにものもみえる。そんな光景を楽しみながら、やがて、遠くに雪を抱いた山々が見え始める。13,745 ftのFremont Pk, から、13,192 ftのWind River Pk へとつらなるWind River 山脈の山々である。
ワイオミングを横断するこのインターステーツの旅は、Rock Springsを過ぎ、州の外れ にあるEvanstonと言う町で終わる。この町のビジターセンターに寄ると、そこの管理人がどこから来たのかと聞く。ララミーからだといったら、「それは、よく来た。」と。とにかく、ワイオミングを横断してここまで来てくれたことがとてもうれしかったらしい。このトレイルが歴史的に非常に意味のあることをしきりに強調していた。旅の楽しみは、こうしたビジタ ーセンターで旅行者を歓迎してくれる地元の人と親しく話ができること。ちょっとした町ならどこにもあるが、特に立派なのは、州境に近い町のビジターセンターである。立派なガイドブック、地図、そして、様々な資料がそろっているし、なかには、コーヒーやお菓子のサービスまでしてくれる。こんなときには、思らず、この町に来てよかったと、一ドルの寄付をする。
ここで、ガソリンを補給する。さすがにワイオミングは石油が出る州ということで、ガロン2.66ドル。ネブラスカでは、このところの急騰で3ドル近くしている。信じられない価格だ。思わず、ポリタンに入れてガソリンを買いだめしようかと言いたくなる安さだ。
インターステーツ80を降り、ここから北に向かうとやがて、Utahに入る。といっても殆ど州境を走るようなものだ。そして、やがて、アイダホにはいる。ここには、ベアーレイクという避暑地がある。高速から、州の高速を走るときには、制限速度が65マイルになるので、ついついスピード違反となる。そんなときにパトカーに捕まるのだ。なにしろ、前にも、後にも車はいないし、道路は真っ直ぐ。偶々あるカーブでは、スピードを緩めず体で感ずる遠心力を楽しむ程度にスピードを出す。そんな感じで気持ちよく運転していたら、かなり彼方に黒い車が道端に突っ込んだ形で止まっている。なにか不自然。ひょっとしてパトカーか。ここは用心するに越したことはない。というわけで、スビードダウン。制限速度の5マイルオーバーで走る。近づいてみると、なんと、やっぱりパトカーがスピード違反を取り締まっていたのだ。おー、間一髪。桑原、桑原の一幕でした。
ベアーレイクは、ユタとアイダホに跨る湖で、幅10`、長さが30キロある。ここの標高は、2000メートル。沢山の人が水上スキー、ボート、つり、中には、水浴びを楽しんでいる人。また、水辺では、ATVと呼ばれるバギー車で爆音を立てているものがいる。ソールトレイクあたりからもここにリゾートに来ているようで、やはり水質の差があるのだろうか。久し振りに湖を見たということで、思わず気が緩む。ここで、運転を交代して暫くして、昼食のために一休み。と、その時ふと、車のキーがないのに気がつく。そう簡単に落とすようなものではないが、車のなかのどこを探しても出てこない。これから先。旅はまだ長い。スペアーキーがないのでは不安で仕方がない。何とかしなくては、と思えば思うほど焦ってくる。もう一度、運転を交代したところからトレースしてみる。森谷君がこのあたりで有名なハンバーガー屋で食事をしている間、また元に戻 り探すことにした。10マイルほど、あれこれ考えながら引き返す。が、元に戻ってもやはり見つからない。これは、もう観念するしかないと、森谷君の待っているところに戻る。彼も、いろいろ探してくれたが、どうしても見つからない。仕方なく、出発しようとしたら、彼が鍵を出してか車を運転しようとする。車には、キーがついているではないか。という ことは。結局、こうして無事、鍵紛失騒動はけりがついた。
ベアーレイクから、北に走り、ワイオミングの入る予定が、何処で道を間違えたのか、アイダホを走っている。地図には強いといっていた森谷君の勘違いで、どうも、北西に走っているようだ。Montpelierから東に向かう予定がすこし狂ったが、北に進んでいるなら問題ないとこのまま進む。地図を見れば、この道、オレゴントレイルとでている。とんだところで、また、歴史の街道を検証することとなる。途中、Soda Springsという町についたが、ここがまた、白い山々に囲まれた町。いたるところに岩塩のような採掘場が見える。近くには、Dry Lakeなどと書かれた場所もあり、おそらく、このあたり、標高は2,000b近くあるが、かっては湖のそこではなかったか。まわりは、ワイオミングの南を走っているときには、枯れ草の丘を走っているようであったが、このあたりになるとハイウェイは白樺の林に囲まれて、車の窓を開ければ緑のにおいがするすがすがしい空気を吸うことができる。こうして、ワイオミングとアイダホの州境を走りながら、分水嶺をこえ、Shoshone川の水系に入る。このShoshone川は、Snake川とも呼ばれている川で、太平洋に注ぐコロンビア川の支流である。非常に長い水系を持っていて、その水源は、ジャクソンレイクである。極僅かしか離れていないが、こことイエローストーンレイクとの間に大分水嶺があり、イエローストーンレイクの水は、ミズーリ川に注ぐイ エローストーン川に流れ込んでいる。この日は、Jacksonに宿がとれず、Driggsという、アイダホの田舎町に泊まる。ところが、このDriggs で次の日の朝、たいへん貴重なものを見ることができた。
この日の行程
免疫とは、いわゆる体の抵抗力のことですが、
この抵抗力をあげる食事とは
ビタミンA、B、C、Eの摂取は基本です。でもそれだけではダメで、亜鉛、セレン、マグネシウムなどのミネラル類も
摂取する必要があります。多糖体を多く含むきのこに免疫力を高める作用があることは有名ですね。
特に免疫力が下がると風邪やインフルエンザをひきやすくなりますので注意する点をあげてみました。
【かぜの予防や日常の食事@】
寒くなるとかぜをひきやすくなります。私たちの生活の中で、1番身近な病気がかぜと言われています。
かぜのウイルスは200種類以上もあって、冬場はとくにインフルエンザが流行するようです。
かぜはウイルスによって起こるもので、このウイルスは空気中に存在しています。
つまり、かぜをひく環境は同じであるのにかぜをひく人とそうでない人・・・
最大の理由は体の抵抗力・免疫力があるかどうかということです。
人は疲労や睡眠不足、ストレス、そして栄養不足によって抵抗力が落ちてしまいます。
かぜにかからないためには、日常生活の中でかぜの原因となるウイルスの感染から身を守ること、
そして抵抗力・免疫力をつけておくことが重要です。
【かぜの対策として】
●偏食や外食、不規則な食事ばかりというのを避け、栄養バランスのとれた食事をこころがけましょう。
●休養と睡眠を十分にとりましょう。
●保温、保湿とこころがけましょう。
●うがい、手洗いの習慣をつけましょう。緑茶でうがいをすると良いですし、緑茶にわさび(チューブ入りでも可)を
少量入れて飲むと風邪予防になると聞き毎年しています。意外とおつな味ですよ。この季節は食後にもコーヒーより
お茶をできるだけとりましょう。(20091123お茶jpg)
【かぜの予防や治療の食事】
◆ビタミンAを摂ろう
かぜのウイルスは目や鼻、喉の粘膜から侵入します。
人間の体の粘膜の保護しているのがビタミンAです。
ビタミンAが不足すると粘膜に細かい傷ができてウイルスが侵入しやすくなります。
ビタミンAをきちんと摂取して粘膜を強化しておきましょう。
私はにんじん1本をピーラーで薄く剥いて、ごま油やオリーブ油などで炒め、ガーリックソルトで味付けをします。
生だと1本ってすごい多そうですが、このピーラーで薄く剥いて炒めるとすごく少なくなります。
2本分でもいいくらいです。
家族の朝食の付け合せや(目玉焼きやベーコンソテーと)お弁当に入れていきます。。
★何でもあう上品な味のガーリックソルトガーリックソルト★
ビタミンAが多く含まれる食品・・・緑黄色野菜や果物、海草、レバー、たまごなどです。
卵黄にはビタミンB12もふくまれますので活用したいですね。
◆ビタミンCを摂ろう
抵抗力を高めるビタミンです。ビタミンC不足すると抵抗力が低下、抗菌作用の低下などになります。
またビタミンCには血管を丈夫にする働きがありかぜ予防には必要です。
多く含まれる食品・・・野菜や果物(柑橘類)に多く含まれています。
※ビタミンCは水に溶けやすく熱や酸素でこわれやすいので調理法は工夫しましょう。
鍋や煮込み料理、スープなどは汁ごと食べられるし体も温まるのでおすすめです。
これらのビタミンが食事で摂れないときは栄養ドリンクなどを利用するのも良いですよ。
そのときはなるべくカフェインの入っていないものを。
◆栄養価が高く消化のよいものを摂ろう
胃腸に刺激を与える食べ物を避け、消化のよい食事をこころがけましょう。
アルコール、コーヒーなどのカフェイン飲料、炭酸飲料は避けましょう。
◆水分補給をしよう
温かい飲み物や白湯、イオン飲料、薄めた果汁などをこまめに摂りましょう。
*性交後試験、ヒューナーテストとも言います
フーナーテストとは、性交後の子宮頚管粘液の中にある精子の状態を見る検査です。検査の12時間前くらいまでに性交渉をして、子宮頚管から粘液を採取して顕微鏡で調べます。粘液中に精子が確認できないと無精子症や抗精子抗体、子宮頚管炎などが疑われることもあります。
400倍視野の顕微鏡で、性交後の子宮頸管粘液を観察します。フーナーテストの検査時期は、頸管粘液の分泌が多い排卵直前に行われます。フーナーテストで多数の運動性精子が確認できると、高い確率の妊娠率が期待できるようになります。
大部分が不動精子の場合、あるいは不動精子しか確認できない場合は抗精子抗体の存在が疑われます。抗精子抗体とは、精子の運動能力を落とし停止させてしまう抗体です(免疫性不妊)。フーナーテストの結果が不良だと、抗精子抗体検査が必要になる場合があります。
妊娠したい掲示板でよくある質問です。
ほとんどの人は痛みを感じません。もし感じるとしても我慢が出来ないほどの痛みではないでしょう。
!doctype>batayan_rさん
専門家ではないので、一意見として聞いてください。
私は自身が小さいころからアレルギー体質で、アトピーなどを患っていました。
また、4ヶ月前に出産を経験しており、産後の体調の変化なのか、頭皮に脂漏性湿疹が出てしまっています。
ステロイドについては本当に色んな考え方があると思うのですが、
私の経験上、使いかたを間違えなければ全く問題ないと思います。
一度使ったらもう終わり・・・みたいなことはありません。
░ 生物化学療法とは?
アメリカにおける自閉症治療の研究の中心的存在の自閉症研究機構(ARI : Autism Research Institute)は過去の数多くの研究と実証に基づき、自閉症は生物学的な障がいと結論付け、1967年の設立以来、有効な治療方の開発とその普及を進めています。
自閉症が生物学的な障がいだということは二つの重要な意味を持ちます。
(1) 自閉症の諸症状は広範囲にわたる身体の疾患が脳に生化学的な影響をあたえて起こるということ。
(2) つまり自閉症は身体の生物学的問題を治療することで改善するということ。
身体の根本的疾患と自閉症の諸症状との関連性は、これまで膨大な数の研究発表や事例により明らかにされてきました。 しかし、一方では自閉症と診断が下されたとたん原因不明の脳神経疾患として扱われ、その裏にひそんだ身体的な医学的疾患が見逃され、適切な治療が行われないという現実もあります。 アメリカでは、この現実を打ち破り、生物化学療法による本格的な自閉症治療を進めようとする医師が1995年にARIの下で、DAN!ドクター(DANはDefeat Autism Now の略語で 自閉症を克服しよう!の意)として結束しました。 結束から15年を経て、現在では700名を越すDAN!ドクターがアメリカ全国で自閉症の治療をすすめています。
░ 自閉症児に共通の生物学的問題点
最近の研究と長年に渡る臨床的経験から、自閉症児には免疫上の問題をもつ傾向があることが明らかにされてきました。また、その原因についても重金属などの環境毒素、抗生物質の過剰な使用、その他様々な可能性が発見されつつありますが、公式に統一された結論を得るまでにはいたっていません。
その一方で、免疫の問題と密接に関連すると考えられる身体内部の疾患が自閉症の症状に大きな影響を与えている事実が、米国自閉症研究機構(ARI)を中心とした研究と実証により次々と明らかにされてきました。 そしてそれらの問題に対する極めて有効な対処法として確立されたのが生物化学的治療です
生物化学的治療が対象とする身体内部の疾患は多岐にわたりますが、広く自閉症児に共通する最大の問題点は以下の3 点に集約されます。
● 食物に対するアレルギー
免疫システムがアレルゲンに対して反応するのと同じように、神経システムも特定の食物に反応し、様々な行動上の異常を引き起こします。同時に、アレルゲンは腸壁を痛め、荒れた腸壁から神経毒を含む様々な毒素が体内に入り込むことを助長します。 それら毒素の一部は脳の働きを阻害し自閉症の症状を悪化させます
● 腸内で毒素を産出する真菌やバクテリアの増殖
免疫異常、抗生物質、その他なんらかの理由で腸内の細菌のバランスが崩れカンジダのような真菌やクロストリジウムと呼ばれるバクテリアが増殖すると、腸壁を荒らして微細な孔をあけ腸内の毒素を血流中に流出させます。 また、カンジダとクロストリジウムの代謝物もまた神経毒で、血流を通って脳に到達し障害を引き起こします。
● 体内に取り込まれた環境毒素の影響
重金属などの環境毒素が神経系に障害を引き起こすことは水銀中毒症(その症状は自閉症の症状と酷似しています)などの例でも明らかですが、それらの毒素は更に免疫機能を阻害して腸内での好ましくない真菌や細菌の異常増殖を助長し、体内への毒素の侵入の一因となります。 これらの阻害要素を取り除いたり、あるいは軽減することにより、ほとんどのケースで自閉症の症状が改善することが経験的に確認されています。
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